KOMWORK

第十九章 鈍輔の指針

=====サンクの書=====

ここに語ろう。それを拒否する者よ。

沙莉羅

「もー! 心配したんだから!!」
素子が顔を真っ赤にして鈍輔を怒鳴りつける。
「ご、ごめん・・・」
「もう、もう・・・!」
乱暴に素子が顔をぬぐう。顔が少しばかり赤い。
もう一度、謝ろうとしてガタン!と何かが音を立てた。それは剣だ。
夢の中で手渡された、剣。それで、永遠と繰り返される世界の時の流れを開放して欲しいと・・・。
「鈍輔?」
「夢じゃなかった・・・」
確かな剣の感触。だが、素子は空を仰いでため息を吐き出した。
「そうよ、夢じゃないわよ。私、頭の中ごっちゃごちゃよ!
意識はなくなるし、いつの間にかこんなところつれてこられちゃうし・・・」
辺りをも回すと、自分の意識が消えたところではない場所にいた。
洞窟・・・なのだろうか。ぼんやりと明るいのは壁にはりついている光を放つ苔のためだろう。
かぎなれた潮のに匂いと波が岩を叩く音。海辺の洞窟・・・なのだろうか?
「気が付いたようだね? 良かった」
凛とした声が鈍輔の耳に飛び込む。ふと見ると、フードを頭からすっぽりかぶった人影がすぐ側に立っていた。少しばかり低い感じだが、女性の声であることはさすがの鈍輔にもわかった。
「少し、貴方達が居たところは物騒でね。チェリンの力でここに移動したのよ。怪我なんかはない?」
「え・・・!?」
さっと女性がフードを顔から払う。素子はその素顔を見て声を上げた。
「ムータン・・・さん?」
そこに居たのは時たま、家のインテリアや友達の俊に会いにいったりしていた店の主人だった。だが、素子は首をかしげた。彼は確か、男だったような気が・・・。
「ムータン?私はムーリン。とある方に頼まれてね、貴方達をここに連れてきたってわけ」
「とある方?」
それは、アラアザのことなのだろうか? 鈍輔が首をかしげると同時に低い地鳴りのような音が辺りに響き渡る。
「こられたみたいね。この『世界の背』が」

『お初にお目にかかる。ワシは『世界の背』と呼ばれているものだ』
「え? えええええ!?」
「岩が、しゃべったぁ?」
大気を振るわせる低い声。それは眼前の岩から発せられたものだ。
よくよく見れば、岩壁に目や鼻、口のようなものが見える。だが、それらはそう思えばそう見える、という程度のものだ。鈍輔と素子は盛んに目をこすったり、パチパチ目を瞬かせながら壁を見つめた。壁の巨大な顔はほんの少しばかり笑ったように見えた。
『しかり。それこそがワシの本質ゆえ、ちがうとは言いはせぬよ、遠い未来から招かれし者よ』
「は、はぁ・・・」
『此度もお主は剣を取ったと見える、断ち切りし定めを担う者よ。さてはて、此度こそ成功するか―――』
え?と鈍輔が首をかしげた。
『永遠と繰り返される世界を知るのは何もアラアザだけではないのだよ―――ワシは世界を背負う者。世界を繋ぎ止める者。世界を支える者。ワシは本来ただ、存続させるためだけに存在する。だがしかし、一人の哀れな娘が世界の流れを凍てつかせておる』
重い風がぶわりと吹き荒れる。『世界の背』の口からもれたため息のせいだ。
『ワシは本来、このように介入することはない。だが、今はそうは言っていられぬのだ。この世界はまさしく極限まで引き絞られた弓弦のごとく張り詰めておる。繰り返されるたびに世界は軋みをあげておるのだ、誰も知らぬところで。―――次の瞬間、この世界が崩れる危険があるのだ』


「け、けど、アザラザが言うには世界は永遠に繰り返すとかどうとか・・・」
「ちょっと、鈍輔。それってどういうこと?」
何も知らないまま自体に翻弄されていた素子があわてて鈍輔の耳をひっぱりながら叫んだ。
「え、えと、実は・・・」
鈍輔は自分が知る限りのことを素子に教えた。アザラザのこと、託された剣のこと、世界が永遠と同じコトを繰り返しているのだということ。
「ウソ!じゃ、私はそれに巻き込まれたの・・・?」
「たぶん、そうなるんじゃないかなぁとは思ったり、思わなかったり・・・」
「思ったとかじゃなくて、そうなんでしょ! もー! 信じられない」
あまりのことにプリプリと頬を膨らませながら、素子がうなる。
『話を続けてよいかな? ―――もはや事態は静観を許される状況ではない。ワシはワシが出来る範囲で手段を打つことにした。とはいえ、ワシの出来ることは少ない―――警告とお前達の力になりそうな者を供につけるのみ』
「私は精髄使いと呼ばれる者なの」
 そういうと、すぃっと素子に近寄り、手のひらに一本のナイフを置く。鋭い刃をもってはいるが、極普通のナイフだ。
「そう、例えばこんな風に―――」
 ボソリと何かをささやく。と、ナイフをはさんで重ねられていたムーリンの手のひらが退くとナイフは不意に浮かび上がり、ぶるりと身を震わせると音も無く羽のようなものを広げ、飛び出した。
 まるでそれはトンボのように空を廻り、再び素子の手のひらに戻った。
「すべからく物には魂が宿っているの。私はそれを目覚めさせたり、力づけてその能力を引き伸ばしたりすることができるのよ。今、『世界の背』がここに存在して語りかけているのも、私の能力で助力をさせていただいているからってワケ。それに、チェリンとかね」
 ぽんっと軽い音を立ててムーリンの顔の横に小さなひらひらした着物をまとったものが現れた。
 くるりと円を描くように空を回り、チリンと音をたてる。
「チェリンは私が作った・・・まぁ、使い魔みたいなものね。世界の気脈を感じて、世界のいろんな場所に運んでくれるの。力は使うし、いけないところもあるけどね。チェリンの力を上昇させるのも私が
『世界の背』と交わした契約の一つなの」
 それに、とムーリンが唐突に大人びた表情から夢見る乙女のようなキラキラした眼差しにかわる。

「この任務が成功したら、この場所の永住権ゲットできるんだもの~~~むふふふふ」
「えいじゅうけん~?」
ぴょこん、ぴょこん、と岩陰から小さな影が飛び出してきた。
「ああああ! どんぐり~!?」
それらは皆、どんぐりに似た姿の生き物―――河童だ。ムーリンはとろけるような視線を愛らしい河童に向けた。どうやら、可愛いものに目がないらしい。
『彼等は動けぬワシの代わりに少しばかり、力を貸してもらっておるのだ。どんぐりはお前を導くために未来へととんだ勇気あるものなのだよ』
「そうなの?」
途端にどんぐりが照れくさそうに頬をかく。
『さて―――ワシに許された時間は短い。断ち切る定めを持ちし者よ、聞くがいい。お前という存在だけがこの世界の無限を断ち切る存在であることはアザラザの言葉どおりだ―――だが、にもかかわらず世界が永遠を繰り返していることを知るがいい』
「ん、んと・・・それってどういうこと?」
「バカね! 誰も成功してないってことでしょ」
あ、そうかぁと鈍輔が緩んだ笑みを浮かべたが、素子ははっと気づいたように顔を上げる。
「それって・・・よく考えたら大変じゃない! みんな失敗した、ってことでしょう?」
『しかり。のろいをかけし哀れな娘も、アザラザもまた、ワシも―――みな囚われていることを知るが良い。見えざる罠はあまたあり、達成が困難であることを知るが良い。にもかかわらず、永遠の終わりがあることも知るが良い。定め持つものよ―――お前の責務は重大なのだ。心せよ』
こっくりと鈍輔はうなずいたが、その顔からは緊張感が漂ってこなかった。ことの重大はわかるものの、実感として感じられないのだ。託された使命はわかるものの、では、これからどうすればよいのだろう?
「俺・・・そのご先祖様って奴に会ってみたい。具体的にどうすればわかんないけど・・・会ったら何か思いつくかもしれないし・・・」
『良かろう。では、そこまでワシの力で送ってやろう。ワシは直接にお前達の運命にかかわることは許されておらぬが―――許された範囲で助けを与えることを約束しよう』
「ありがとう。まだ、なんかよくわからないけど・・・がんばってみるよ」
するりと手が伸ばされる。
気づくと少しばかり頬が赤い素子がそっぽを向いている。
「仕方がないから、私も手伝ってあげるわよ。うまくいかないと家に帰れないみたいだし」
「うん」
『チェリンよ』
太い声が己を呼んだ事に気づくと、チェリンは体を震わせてチリンチリンと音を立てる。光が唐突にあふれ出す。ムーリンを、どんぐりを、素子を、最後に鈍輔を飲み込み、そして最後には名残を大気に残しながらも、光は消えた。
『任せたぞ、お前達―――』
幾匹もの河童が見守る中、顔を形作っていたものは岩陰にひっそりと消えていき―――最初から何も無かったかのように岩に埋没した。

気づくと三人と一匹は道の脇に立っていた。緩やかな山の上らしく、視界の下のほうに大きな街が見える。
「あれがアザラザよ。どうやら、君のご先祖って人はあの町にいるようね」
「へぇ、けっこうおっきいなぁ・・・ったぁ」
 がちゃん! と音を立てて鈍輔の手が滑って剣が落ちた。
「うっ・・・重い」
「・・・もしかして、剣術知らない・・・とか?」
「うん」
あっさりと鈍輔が応え、ムーリンは空を仰いだ。
「まぁ・・・私は『世界の背』と契約した身だから、見捨てはしないけど・・・それ、お願いだから使えるようになってもらわないと」
「とはいっても・・・」
「確か、アザラザって武術大会が開かれるそうだから、そうね、剣術教えてくれそうな人、探すしかないかな。知り合いとかいたらラッキーなんだけど・・・まぁ、贅沢は言ってられないわね。さ、行きましょう。早く行かないと、野宿になるわ」
鈍輔と素子、そしてどんぐりはこっくりとうなずき、颯爽と歩き出したムーリンを追う。
一行は一路、アザラザへ向かう―――。

Ninjin

これがアザラザ・・・。
見慣れた景色。
だがどこか違う。
情熱の赤の国
それがどこかたそがれ多様な。
青い影、青い匂い。

「お父さん!!お母さん!」
素子が走りよる。
いくつも立ち並ぶ氷の柱。
その中の一つに素子の両親が閉じ込められていた。
恐怖に引きつり、妻をかばうようにその二つの命は
氷の中に閉じ込められていた。

どんぐりがつぶやく。
「運命の鎖を断ち切ることができなければ
またこの歴史がくりかえされるのさ」

そこへ斧を振り回しながら一人の男が駆け寄る。
「鈍輔だな!お前生きていたのか!!」

そこへ飛んできたのは
翼の生えた豹にまたがった女。
その豹も女も透き通っている。
そう、氷なのだ!!
「さあ、追い詰めたよ。英雄さん!!」
と思うと恭助の体は氷につつまれた。
素子の両親のように。

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